ムイビエン!大原はじめ ムイビエン!メソッドメソッドI nte r v iewROUNDROUNDROUNDROUNDグに上がる傍ら、体操教室や教育の現場にも立つ大原はじめさん。その半生をたどりながら、大原さんの中学でプロレスに出会い、メキシコでデビュー、家族の介護経験を経て、いまはプロレスラーとしてリン健康への想い、子どもからお年寄りまで健康な身体づくりに役立つ独自のメソッドを教えてもらいました。 プロレスとの出会い 〜学校に行ってる場合じゃない!〜 大原さんとプロレスとの出会いから 聞かせてください。大原:中学の頃、同級生の間でプロレスのテレビゲームが流行っていて、最初はゲームの中の世界だと思っていました。でも、テレビで三沢光晴さんの試合を観て衝撃を受けたんで す。「人 間 が こ ん な こ と で き る の か」と、一気に引き込まれました。 そこから本気でプロレスラーを 目指したのですね。大原:はい。両親に相談したら、「本気なら道場に通いなさい」と背中を押してくれて、中学生で道場に通い始めました。練習は厳しく、周りにはとても追いつけなかった。それで「学校に行っている場合じゃない」と思い、午前中は走り込み、昼に弁当を食べに学校へ行き(笑)、午後は受け身やブリッジの練習に打ち込んでいました。ただ、それではただ授業を休んでいるだけになってしまうので、レスリングの大会に出て結果を出し、自分の本気を認めてもらうための努力はしていました。 トレーニングに明け暮れ ながら調理師免許取得0101020304プロレスラープロレスラープロレスラー大原はじめ大原はじめさんに聞くPROFILEプロレスリング・ノア所属のプロレスラー。2004年メキシコでデビューし、2006年NWA世界ウェルター級、2017年GHCジュニア王座を戴冠。プロレスの傍ら、川崎を拠点に転倒予防の『ムイビエン体操』を指導し、区のイベントでも大人気。また定時制高校卒業後に星槎大学で学び直し、教員免許取得を目指して教育実習にも挑戦中。 高校には進学せず、 別の道を選ばれたそうですね。大原:はい。プロレスに必要な力をどう身につけるかを考えたとき「ちゃんこ鍋をおいしく作れたら先輩にかわいがられるな」と思ったんです(笑)。それで調理師専門学校に入りました。さらに放課後はレストランで修業し、夜は道場へ行く毎日でした。その中で調理師免許も取得しました。振り返ると、プロレスだけでなく、料理という強みを持てたことが、その後の自分の活動にもつながっていると思います。 単身メキシコへ 信念をつらぬき開けた道 その後、 18 歳でメキシコへ渡られます。大原:はい。でも最初は本当に厳しかったですね。お客さんは数人、ファイトマネーもわずかで、「日本に帰ろうか」と悩んだ時期もありました。調理師の資格があったので、現地の日本食レストランで働く話が進みかけたこともあります。それでも「絶対にプロレスラーになる」という思いは捨てませんでした。すると突然、メキシコ最大級の団体から大きな舞台に立つ話が舞い込んできたんです。そこからタイトル戦にも絡めるようになり、世界各地を転戦する道が拓けました。あの時あきらめず、信念インタビュー なを貫いて本当によかったと思っています。 祖父母の介護をきっかけに 生まれた健康への思い 帰国後、介護や健康づくりにも力を 入れるようになったきっかけは 何だったのでしょうか。大原:祖父母が転倒して骨折し、入院。その後、寝たきり、認知症へとつながっていく姿を身近で見たことです。そのとき「こうなる前にできることがあるはずだ」と強く感じました。自分はプロレスラーとして身体の鍛え方を知っているし、調理師免許もあるので食事のアドバイスもできる。これまで自分の夢に向かって走ってきましたが、介護を通して「人のために動くことが、自分の役割になるかもしれない」と思うようになりました。運動と食の両面から健康を支えられるのは、自分ならではの強みだと思っています。\ M u y B i e n /健康健康健康
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